Press Release
中国政府が提供したチベット美術が日本中を巡回中!
緊急アクション開始!
2009年7月27日
現在、「聖地チベット・ポタラ宮と天空の至宝」展が日本各地を回っています。この展覧会は2009年4月に九州国立博物館から始まり、現在は北海道立近代美術館(札幌)、9月には上野の森美術館(東京)、その後大阪と仙台で開催される予定です。私たちはこの「聖地チベット・ポタラ宮と天空の至宝-」展について一般の人々に注意を促しています。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、現在のチベットでは、宗教的指導者でもあるダライ・ラマの写真を所持したり、礼拝することは固く禁じられ、主な寺院は公安警察の監視下にあります。チベット亡命政府によると、1949年のチベット占領からこれまでの間、6,000ものチベット仏教寺院が破壊されました。中国政府は、さらにダライ・ラマとともに、チベット仏教を代表するもうひとりの指導者、パンチェン・ラマ(当時6才)を拉致し、中国政府が認定した別のパンチェン・ラマを擁立して宗教統制を強めています。
この展覧会で展示されているチベット各地から集められ出展された沢山の美術品は、チベット人の奪われた「アイデンティティ」とも言えるものです。展覧会では「チベット文化を総合的に紹介する」と言いながら、中国がチベットを侵略した1949年以降の歴史や、ポタラ宮の主であったダライ・ラマ14世については一言も触れていません。そのため、多くの展覧会訪問者はチベットで現在、何が起こっているかを知ることなく、帰途につくことになっています。
中国当局がチベット内で行っている強制的な「チベット開放・民主化50周年」や「愛国心再教育キャンペーン」などに表されるように、中国政府は世界中でこの展覧会を催すことにより「チベット支配の正当性」を世界中に広く認知させようとしています。今回の日本の展覧会開催に於いて、我が国の大手メディアの他、日本の文化庁や自治体関連機関が多数参加していることも無視できません。
世界中のチベット人、チベット支援者たちによって組織した「聖地チベット・ポタラ宮と天空の至宝」展に抗議する国際連盟の代表で、NY在住のチベット人ソナム・ワンドゥ氏によって書かれた公開書簡を主催者やスポンサーに送り、メディアや草の根キャンペーンを通じ、この展覧会についての認識を一般の人々の間で高めようとしています。
さらに、日本在住のチベット人とチベット支援者たちは、展覧会期間中に様々な抗議活動を予定しています。また、私たちは、世界中のチベット人やチベット支援者たちが、上野の森美術館をはじめ、スポンサー企業に手紙を送り、このキャンペーンを支持するように呼びかけています。関係者の皆様には以下のことをお願いしています。
展示する側にお願いしたいこと
- 仏像を含む多くの美術品の出展元である、ポタラ宮殿についての説明を入れてください。
- 19世紀以降のチベットの近年の歴史についての説明を入れてください。そして現在のダライ・ラマ14世が何故、亡命を余儀なくされたのか?説明してください。
- チベットで今、行われているチベット統治政策、宗教や漢人の入植政策の説明など、現在のチベットと中国の問題について説明を入れてください。
マスコミにお願いしたいこと
- 2008年3月、ラサで外国人記者団に涙の訴えをした僧侶を思い起こして下さい。中国はチベットで仏教寺院と抵抗する僧侶を「徹底的に破壊、弾圧した」という事実があります。その一方で、残った仏像でこのような企画展をする意図は何処にあるのでしょうか?
- 2008年のラサの騒乱で死刑判決が出るなど、今現在も命がけで統治に反対して声を上げている、現地チベット人たちのことを沢山の方に知らせていただきたいと願います。
- 中国はチベットに於ける中国支配を国際的に認知させる意図で、国際対中世論を有利に誘導する「パブリック・ディプロマシー(公共外交)効果を期待してメディア戦略を立てているようにも見えます。
- この展示への抗議が起こっているということだけではなく、こうした問題点が読者に伝わるような記事を書いてください。
ソナム・ワンドゥー
「聖地チベット・ポタラ宮と天空の至宝」展に抗議する国際連盟代表
上野の森美術館 館長 水野政一様宛の公開書簡
展覧会情報
期間:2009年9月19日から2010年1月11日まで
上野の森美術館
館長:水野政一
〒110-0007 東京都台東区上野公園1−2
電話: 03-3833-4191
www.seichi-tibet.jp (日本語)
www.seichi-tibet.jp/en/ (英語)
◆スポンサー企業
主催:財団法人日本美術協会、上野の森美術館、朝日新聞社、TBS、大広、中華文物交流協会、中国チベット文化保護発展協会
後援:中国国家文物局、中国大使館
協力:JAL日本航空、日本通運
作品協力:中国チベット自治区文物局、中国文物交流中心
メディア担当コンタクト:
- 若松えり(在英国)
TEL:44-7711-746-172 E-mail: eliwakamatsu@googlemail.com
*情報の詳細は http://www.seichi-tibet.com を参照してください。
以下参考資料:
資料(1)世界に於けるこの展覧会の開催経過
中国政府後援によるこの展覧会は、すでに200から2005年にアメリカと2007年にドイツを巡回し、両国ともチベット人およびその支援者たちによる会場前での抗議行動が連日行われました。
アメリカでの展覧会”Tibet:TreasurefromtheRoofoftheWorld”は合計4都市で開催され、ニューヨークのRubinMuseumではTibetanWomen’sAssociation、TibetanYouthCongressとStudentsforaFreeTibetの3団体が、合同で抗議をしました。以下がその内容です。
- 展覧会に陳列されたチベット美術はチベット人たちの文化遺産であり、中国政府が1949、50年の不法な侵略で手にいれたもの。展覧会が如何に民族感情を傷つけるか?
- 中国政府と手を組むことで、美術館は中国政府の政治工作キャンペーンのパートナーになっている。
- 美術館でこれらの美術品を展示している間、同じ政府がこの美術品を作り出した文化を徹底的に崩壊しようとしている事実をどう考えるのか?
ドイツに於いては、 International Campaign for Tibet Germany (ICT), The TibetInitiativeGermanyとTheAssociationofTibetansinGermanyの3団体が、ベルリン国営美術館長と直接会談し「チベット僧院の秘宝を開ける」という展覧会のタイトルを受けて「チベット支配を正当化する中国のプロパガンダを広報することを今後一切止めること」を訴え、「展覧会は、中国政府が仏教文化を庇護しているという間違った印象を与える」と、合同抗議を行っています。その他、ベルリンの’Museum of Asian Art’に対しては、1949年のチベット侵攻以降の歴史には全く触れていない等の点を抗議しました。
資料(2)日本での展覧会の内容に関して
このほか、私たちが問題としているのは以下の点です。
- 「近代史記述の意図的回避」
1910年の清朝によるラサ侵攻以降の近代史については全く触れられていません。 - 「中国側の人物名が特定できない」
展覧会の図録には日本側の解説に対し、中国側の解説は著者名が入っておらず、「中華文物交流協会」「中国チベット自治区文物局」「ポタラ宮管理所」など、誰が書いたかわからない記述になっています。 - 「中国側の挨拶文、解説文」について
- 中国側の挨拶文には、「民族の文化を発揚し、・・・中国を世界に向かわせ、世界の人々に中国を理解していただく・・・」と書いてあります。しかし、この展覧会で高度なチベット文化を知ることはできますが、中国を理解するというのは無理があります。
- 中国側の解説では、『ポタラ宮は「チベット歴史宗教文化博物館」と呼ぶこともできよう。』と表現し、ダライ・ラマ不在の宮殿を博物館扱いしています。これは日々宮殿に向かって五体投地をする信仰篤いチベット人にとって受け入れることのできない表現です。在日のチベット人の感情にも深い傷を残すこととなるでしょう。
- 「2億元もの特別資金を拠出し、ポタラ宮に対する第2次修理プロジェクトを実施した」など、中国の貢献を宣伝していますが、 チベット占領後6000を超える仏教寺院の破壊については何の言及もありません。
- この展示会の中華文物交流協会、中国チベット文化保護発展協会の祝辞には、中国は古くから「統一された多民族国家」とありますが、中国は漢族が他民族を同化する形で近代になって統一された国家であり、中国政府の植民地的支配構造は、昨今のチベットやウイグルでの民族紛争の温床になっており、「反乱」の多発はこれら「民族政策」の破たんを国内外に明らかにしています。
資料(3)展示品の出典元
今回の展覧会の展示品の出どころとなっているお寺などは、中国侵略後どのような歴史をたどったのか簡単にまとめました。
- ノルブリンカ(ラサ)- ダライ・ラマの夏の離宮。1959年3月のチベット民族蜂起の舞台。現在は公園のような扱いを受けています。
- ポタラ宮(ラサ)- 破壊は免れましたが、主であるダライ・ラマはインドに亡命して不在、博物館のような扱いを受けています。
- ミンドゥリン寺(ロカ、ラサの南50km)- 中国侵略後、ほぼ完全に破壊され、現在のお寺は再建です。
- ペンコルチューデ(ギャンツェ、ラサの南西、シガツェの南東)- 文革時に仏塔と一部の建物を残して破壊された。仏塔の方は壁画などがかなり残っている。
- シャル寺(シガツェの南20km)- 文革前後に壊されたものの内部は保存されている。
- サキャ寺(シガツェの西150km)- 寺は南北に二つあり、文革時に北寺は完全に破壊され残っていない。サキャ南寺は当時食料備蓄庫として使われていたため破壊を逃れたようです。
以上
